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形見の懐中時計のお話
あるクライアントさんからいただきました。
お数珠ちゃんと亡くなった祖母様のつながりなお話です。
7月4日に祖母が亡くなりました。
生前は、マスターに祖母を含め両親の遠隔を繋いで頂きました。
マスターの計らいで、息子の病院に転院することができ、 家族の輪を繋いで下さった中でのことでしたので、 皆で穏やかに祖母を見送ることが出来ました。 ありがとうございます。
祖母は広島に生まれ育ち、原爆を体験した被爆者です。子供は息子二人、孫は男の子ばかりで、唯一の孫娘が私でした。
祖母は、爆心地から700メートルで被爆しましたが、奇跡的に無傷でした。
その被爆体験を、息子たちにも一切話すことはなかったのですが、 私にだけ、 たった一度話してくれました。
そしてその時、曽祖父の形見の懐中時計を見せてくれたのです。
曽祖父は、爆心地から400メートルの自宅で被爆し行方不明になっています が、 肌身離さず持っていた懐中時計が、 自宅跡地に残されていたそうです。
父も叔父も、存在自体知らない時計です。
仏壇の奥から出してくれた懐中時計。10年以上前に一度見ただけでしたので、 その存在を確かめたくて何度か探したのですが、 全く見つからないまま時間だけが過ぎました。
そんな中祖母が亡くなり、もう見つからないのでは…と不安でした。
形見として懐中時計が欲しい、祖母の被爆体験と想いを私が大切にしたい!と切願し、 毎日祖母の遠隔を握りました。
私の気持ちを知って、父も何度も仏壇を中心に探してくれたのですが、 見つけることが出来ないまま一週間が経ちました。
そして、祖母が亡くなった一週間目昼過ぎに、仏壇の棚を開けてすぐのところにある懐中時計を見つけたのです! ! 「置いてある」という表現がらぴったりの状態だったそうです。
見つけたのは母です。
偶然にも、一週間前のその時間は、ちょうど父が祖母を見舞い、最後に手を握った時間でした。 何度も何度も探した場所にあったこと、 初七日のその時間に見つかったことは、 マスターと祖母の力が働いたのだと感じ、父娘で涙が出ました。
マスターから、祖母は私たち家族、親子が仲良く過ごせるように、タイミングを考えて旅立ったと教えて頂きました。 その中で、
嫁姑問題があった、 母に時計を見つけてほしかったのだと思います。
あのとき遠隔を繋いで頂いていて本当に良かったと感謝しかありません。 数珠に全く興味のなかった父母は、基本セットを毎日着け、
夫婦仲良く過ごしています。
祖母の想いを伝え、私たち家族を見守って下さるマスターに感謝しています。 ありがとうございます。